感覚的な交流の先に
福祉の未来を動かす文化がある。
音楽活動ディレクター 渡辺融
古代の土笛と創作楽器の研究に尽力。
2014年よりインドネシアの打楽器ガムランを法人に導入。
2016年、部署を超えて連携し演奏やワークショップを行う音楽グループ「Go On」を結成。
表現やコミュニケーションの可能性を見出しながら、音楽活動を行っている。
香椎宮雅楽保存会、芸工アヴァンギャルド・コンソート、ジャワガムラン演奏グループPratiwi所属。
音楽活動ディレクター 渡辺融
古代の土笛と創作楽器の研究に尽力。
2014年よりインドネシアの打楽器ガムランを法人に導入。
2016年、部署を超えて連携し演奏やワークショップを行う音楽グループ「Go On」を結成。
表現やコミュニケーションの可能性を見出しながら、音楽活動を行っている。
香椎宮雅楽保存会、芸工アヴァンギャルド・コンソート、ジャワガムラン演奏グループPratiwi所属。
ガムランという伝統楽器での
演奏活動のきっかけ。
文化活動の一環としてガムランというインドネシアの伝統楽器の演奏をしています。ガムランは古代ジャワ語で「たたく、打つ」の意味があるのですが、その名の通り、たたいて、打って音を奏でるシンプルなものです。私が最初にガムランのことを知ったのは、高校生の時に旅行で訪れたインドネシア。そこから民族楽器に興味を持つようになり、大学では縄文時代からある土笛という土でつくった笛を中心に、古代の楽器を研究していました。その土笛のワークショップを実施したことが、この法人と出あったきっかけです。以降、縁が続いて、今ここで音楽を中心とした支援活動を行っています。
限られたメロディではなく、広がるメロディ。
まずは、純粋に音を楽しむことから。
音楽を自由に楽しんでいると、新たな楽曲が生まれてくることがあります。だから、障がいのあるスタッフにはまず楽しむことを前提に、できあがった曲を演奏する場合でも、それぞれのユニークな固有性をカタチにするようにしています。演奏方法や音楽の仕組みをよりシンプルにして、どうすればいろいろな演奏ができるかを考えながら。ひとりひとりが持っている音楽性、リズム感を拾い上げていくような感覚ですね。スタッフも自分から出てくる音を純粋に楽しんでいますよ。自分らしい音を思いきり表現して、その音の集合で全体の演奏が仕上がっていく喜びと達成感。みんなの楽しみ方がとても素直でそれが音にも反映されるので、私たち支援員も一緒にその場にいられることが嬉しいです。
「みんなで一緒の音楽をやる」のではなく、
「みんなの中にあるそれぞれの音で表現しよう」という考え。
ひとりひとりの体や感性から、
自分の音が見つかり新たな感覚が生まれるから。
音は障がいを超えた共通の言葉になる。
楽器と福祉というつながりを通じて、自分の中にある思いがありました。この法人での職場研修でタイに行った際に感じたことです。言葉が通じないから何か別の方法で伝えたい。お互いの間を流れるもどかしい空気と立ちはだかる言葉の壁。そんな時にどんなことをすればいいか? そうしてジェスチャーなど言葉を使わない方法やさまざまなアイデアが生まれます。同じように、障がいのある方にはひとりひとりに応じたコミュニケーション手段があるのだと思うのです。ただそのやり方が少し違うだけで、何か別の方法で伝えたがっているのかも知れません。また、こちらもそれに気づいていないだけなのではないかと考えました。だから、お互いに意志の疎通ができていないという感覚に陥るのではなく、まずは「それぞれにコミュニケーションの手段があること」を意識することが必要なのだと。音楽はその手段のひとつとして大切で、音が言葉の代わりになるのだと実感しています。音で「おはよう。調子はどう?」と挨拶を交わすこともできるんですよ。日常の中に音があることで共に存在を感じ、確かめ合えるなんてすばらしいことです。
音楽活動は、人と人の間にある読み取れない何かを
素直につないでくれます。
福祉と文化は、人々の思いを耕していくもの。
文化は英語でカルチャーと言いますが、もともとはラテン語で耕すという意味があるそうです。集合的な信念や思いから生まれたのが文化。だから、簡単に言葉で伝えようとすることはできないし、すぐに深くは理解してもらえません。伝統や文化に存在する固有の音楽やリズムなど感覚的なものを1つずつ伝えていけば、後の時代にも残していけることがあるのだと思います。音楽によるコミュニケーションの中で、どこまで自分を表現できるのか、また、音を聴いた相手はこちらが発した音をどのように受けて止めてくれるのか。じっくりと向き合った時に音のすごさが分かります。それは音を表現して自分の境界線がなくなる感覚のようなもの。自分の発した音と相手の音が混ざり合った時に、それぞれの音が開放されて思いが相互に浸透し、何かが得られていくのです。福祉も同じように、感覚的な表現や思いが多様に重なる土壌がありますね。そういった観点から考えていくと、福祉は文化のような存在なのだと感じます。
新しい福祉のあり方で、新しい文化を生み出していける。
新しいものが生まれる瞬間は、感覚の中にあります。誰かがつくった秩序の世界ではなく、もっと身体的でダイナミックな自由に満ちた場です。新しいものに出会うと、驚き、いきいきとした気持ちになるのはみんな同じ。日々繰り返される音楽活動において、決まったルールや常識という境界を超えて、何かがつくり出される前の感覚的なものに触れられることが一番の喜びです。創造の源泉をイメージし、音楽として現れる一瞬一瞬が育む感性。そこに新たな文化を生み出すきっかけがあるのだと思います。日常の活動で蓄積されたさまざまな感性がもっと世の中に広がり、スタッフの活動の場が増え文化となっていくことができれば、日常がさらに充実したものになるでしょう。
福祉も文化と同じようにひとつの強い思いが支えている。
福祉には、人の奥に秘められた感覚的な思いを
感じることができる世界がある。
4年ほど前から雅楽の演奏と、雅楽の演奏に合わせて舞う舞楽の伝承に取り組んでいます。最古のオーケストラとも言われる雅楽は日本が誇る伝統的な音楽のひとつ。そんな雅楽をずっと残していきたいという強い思いを持っています。ひとくちに雅楽と言ってもいろいろな楽器や演奏方法があるのですが、長い歴史を経て他の国や地域から流れてやってきたものも。時代を超えて多種多様な音楽や音色が平和的に共存しながら、今に残っていることがとても興味深いですね。その場にしかない音が交流を続けるうちに面白いものに変化し、あらゆるものと融合して受け継がれるべき文化になっていく。神事の催事や地域のお祭り、別れの儀式など、人生の節目や時の移ろいの中にいつでも存在する音。いくつもの時代がもたらしてきた表現に触れることで、個人としても新しい感性との出会いを楽しみにしています。